(SE)波の音。ザザー。ザザー。以後、オープニングまで薄く続く。
OP前セリフ
皆本大祐「ぼくは、夏になるたびカマクラを想いだす……」
タイトルNA(朝比奈響子)インタラクティブドラマ

Kamakur@ Love

第2話 女王様の007号

オープニングBGM
NA(梶原理恵)
自動車教習所。そこは、出身校も偏差値も内申書もない、ただ車を自在に乗り回す夢を抱いた若者たちの、自分自身との闘いの場である。
しかし同時に、全国およそ1600法人ほどの公認自動車教習所が、有資格者となった若者たちを争奪する戦場でもある。
カマクラ自動車教習所は、熾烈な有資格者争奪戦の切り札として、ほとんどすべての教習指導員を若く美しい女性に、
技能検定員にやさしいダンディなおじさまを揃えるという、芸能プロダクション顔負けの戦略を採用したのだった。
けれども、それが本当に教習生のためになったかどうか……それは、また別のお話である。

北条由里「ねえ、理恵!なんであんたがナレーションやってんの?」
梶原理恵「(とぼけてる)え?ナレーション?いったいなんのことかしらー?」

NA(引き続き梶原理恵) カマクラ自動車教習所のカリスマ教官と一部に恐れられ、一部に熱狂的なファンがついている北条由里に、
技能教習の初日を担当してもらった皆本大祐弱冠19歳の頭の中では、別れ際の彼女の言葉がぐるぐると回っていた。

由里「(回想)ねえ、次もまたわたしを指名してね!絶対だよ、(回想から戻る)
って……だから、なんであんたがナレーションしてるのよ!」
理恵「自分だって回想シーンやってるじゃん!しかもエコーなんかかけて……」
由里「え?なんのことかなー?ぅお?もうこんな時間だ!予約入ってるから、あんた の相手はまた、あとでね!」

(SE)ミンミンゼミの声。昼間の街の雑踏ノイズ。車の通り過ぎる音。などなど。 スニーカーの足音。自動ドア開き、閉まる。足音、しばらくして止まる。

皆本大祐「(元気に)こんにちは!」
理恵 「こんにちは!」
梶原理恵「(思いっきり愛想いい)あ、こんにちは!皆本くん!今日もがんばってくださ いね!」
大祐「ありがとう!ところで……技能教習の予約しそこなっちゃったんだけど……」
理恵「……じゃ、今乗れる号車を確認しましょうか?」
大祐「あ、えーと7号車は……」
理恵「あれ?皆本くん、7号車指名するの?あ、わかった!由里に脅されたんでしょ?」
大祐「い、いえ、そんなことは……」
理恵「……怖かったら断ってもいいんだからね」
大祐「え?」
理恵「教官の指名システムは、本来、その教官の教習内容や教え方が適切かどうかを フィードバックするために採用してるんだ」
大祐「ふーん」
理恵「だから由里が怖かったら、もっと優しい教官にチェンジしていいよ」
大祐「い、いえ。怖いってことは……」
北条由里「……誰が怖いって?」
大祐と理恵「あ……」
理恵「(すかさず告げ口するように)皆本くんが、由里のこと怖いんだって……」
大祐「(抗議するように)い、いってないじゃないですかー!梶原さん、ひどいなー」
理恵「(悪びれない)へへへー。冗談よー」
あたしが怖いって…
由里「(冷静)ま、あたしが怖いっていうひとがいることは事実だからね」
理恵「でしょ!一部で女王様って恐れられてるもんね!」
由里「おだまりっ!」
理恵「だから、そーゆーところが女王様だっつーのに……」
由里「なにおー!そこになおれ!手討ちにしてくれる!」
理恵「あーれーお許しをー!」(このやり取り適当にFO。次の大祐のセリフがかぶります)
大祐「(慌てて)あ、あの、い、今ぼく技能教習の申し込みしようと思ってたんですけど、ほ、北条さんの7号車空いてるか、調べてもらおうと……」
由里「……もちろん、空いてるよ」
理恵「あれ?さっき予約入ってるって……」
由里「(照れ気味)皆本くん優先にしたから……」
大祐「え?」
理恵「……由里のファンの教習生だったんじゃないの?」
由里「いいんだよ。さ、皆本くん!行くよ!」
大祐「は、はい!」

NA(皆本大祐)
そしてぼくたちは、7号車の停めてある駐車場に向かって歩いていった。
風になびく由里さんの後ろ髪を見つめながら、ぼくは、ずっと由里さんの言葉が気になっていた。
どうしてぼくを優先にしてくれるなんて言ったんだろう?


(SE)車のドアを開ける音、閉める音。ガチャ、バム!
カマクラ駅まで…
由里「さ、今日こそは、カマクラ駅まで行くよ!」
大祐「はい!」
(SE)エンジンのかかる音に続いて、ゆっくりと車が走り出す。軽いエンジンノイズ。 以下も薄く。
大祐「ええと。モノレールの下を通ってしばらく走ると大仏トンネルがあるから、 それをくぐって、長谷観音前の交差点を左に曲がるんですよね」
由里「そうね。よく覚えたね」
大祐「記憶はいいほうなんです。えと、そろそろクラッチ切って、チェンジレバー、ローからセカンドに入れて、クラッチもどして、アクセル踏んで、スピードが30キロくらいになったら、クラッチ切って……」
由里「……皆本くん、あなた、記憶いいんなら、その手順も全部覚えられるんじゃないの?」
大祐「ぼく、くちで言って覚えるほうなんです。由里さん、英語の教科書とか覚えませんでしたか?
あれ、全部暗誦すると、すっごく成績があがるんですよね」
由里「あたしは、あまり英語得意じゃなかったからなー」
大祐「あと、歴史の年号とかもそうですよね。いい国作ろう鎌倉幕府とかね」
由里「鎌倉幕府?」
大祐「そう、カマクラって源頼朝が千百九十二年に幕府を開いたところじゃないですか」
由里「(独り言のように)カマクラには長い歴史があるからね……」
大祐「あ、話、それちゃったけど……だから、ぼく、何か覚えようとするときは、ひとつひとつくちで言うようにしてるんです」
由里「ま、いいわ。カマクラのこと好きなんでしょ?」
大祐「え?それがなにか関係あるんですか?」
由里「(感慨)いまにね……。わたしは、この街で生まれて、この街で育ったから……」
大祐「ふうん……」

NA(皆本大祐)
ぼくたちは、長谷観音前で左折し、信号機のたびにエンストを繰り返しながら、由比ガ浜大通りをゆっくりと東に向かった。
ところが、そんな未熟なドライバーのぼくの前には、とんでもないものが待ち受けていた。

(SE)軽いエンジンノイズ。ブブウゥウウ。以下も薄く。

大祐「ねえ由里さん……もしかして……あれ踏切じゃないですか?」
由里「そよ。江ノ電の踏切ね」
大祐「あのー。……ぼく、まだ正式には、第1段階のパート4、『速度の調節』のところまでしか来てないんです」
由里「そだっけ?」
大祐「そうですよー。由里さんの教習で、ずいぶん先まで教えてもらっちゃってますけど……」
由里「よかったね。実地試験のとき、きっと役にたつよ!」
大祐「それはいいんですけど……確か、『踏切の通過』ってパート20じゃなかったでしたっけ?」
由里「よく知ってるじゃない」
大祐「でも、手順ぜんぜん知らないんですよー」
由里「学科教習受けてないの?」
大祐「受けてるはずないじゃないですか!ぼくまだパート4なんですって!」
由里「……遅いね」
大祐「由里さんが早すぎるんです!」
由里「そか。じゃ、教えたげる」
大祐「ここでですか?」
由里「踏切、まだ30メートルくらい先じゃない!」
大祐「もう30メートルです!」
由里「……じゃ、いそがないとね。(かなり早口で)いい?踏切にさしかかったら、停止線の前で必ず一時停止すること。
前方の交通状況に問題がなければ、ウィンドウを10センチ以上開けて、かつ、首をふって左右を確認、
直接自分の目と耳で電車が接近していないことを確かめるの。
それから、ゆっくり踏み切りに入るんだけど、踏切内では、エンストしないようにアクセルを少し強めに踏んで、
ギアチェンジはせずに通過する。
以上!わかった?」
大祐「え?あ、は、はい(独白)覚えきれなかった……。でも、もう踏切だ……。
まずは、停止線の前で一時停止でしたよね。
ええと、クラッチ切って、なんどかに分けてブレーキ踏んでゆっくり減速して止まる……と」
由里「そーそー」
大祐「ウィンドウ開くんですよね……
(SE)ウィンドウの音。フィーン。窓が開くと、ミンミンゼミ。街の雑踏。クラクションの音などが薄く聞こえてくる。
……えと、左見て右見て……電車はきてないぞ……と。
前に車もいないし、で、ゆっくり前進する……と。順調だね。アクセル踏んで、
クラッチ切って、チェンジレバーをセカンドに入れて……」
(SE)エンストする。プシュシュン。

大祐「あれ?」
由里「あれじゃないよ!エンストしたよ!」
大祐「やっばー。ど、ど、どうすればいいんですか?」
由里「自分で考える!」
大祐「……踏切の真ん中ですよー」
由里「たいしたことないじゃない!単線だし」
(SE)エンジンをかける音。プシュシュシュシュン!しかし、かからない。
何度かエンジンをかける音。

大祐「(あせってる)お、おっかしーな」
由里「落ち着いてやりなよ」
大祐「(慌ててる)こ、これが落ち着いていられますか?」
(SE)エンジンをかける音。でもかからない。
警報機なり始める。カーンカーンカーン!

大祐「あ……」
由里「(落ち着いてる)急いだ方がいいんじゃない?」
(SE)エンジンをかける音。でもかからない。警報機の音続いてる。
大祐「……しゃ、遮断機があああ!もーうダメだ!」
(SE)車のドアを開ける音、閉める音。ガチャ、バム!警報機の音、ドアが開くと、少し大きく鳴る。
線路に飛び出る大祐。砂利を踏む足音。ミンミンゼミ。

由里「あ、ねえ皆本くん!どこ行くの?」
(SE)車になにかがぶつかるような音。ドン!警報機の音。
大祐「フンッ!」
(SE)車が少しずつ前に動き始める。
由里「あ、動いた……」
大祐「(渾身の力を込めて)ダァー
大祐「(渾身の力を込めて)ダアーーーッ!」
(SE)車、すっかり線路から外に出る。警報機の音。
大祐「(息遣い荒く)はあはあはあ。や、やっと踏み切りから出た……」
由里「(手を叩いてる)パチパチパチ!脱出成功!
(踏切を出た車から少し大きな声で言う)ねえー!、皆本くんも踏み切りから出たほうがいいんじゃない?
電車来てるよ!」
(SE)警報機の音。カーンカーンカーン!電車が近づく音。ガーーーー!
大祐「うわあっ」
(SE)大祐、線路から飛びのく。思いっきりヘッドスライディング。
ダッ、ゴロゴロゴロザザーッ!電車通り過ぎる。ガーーーー!
電車の音、だんだん小さく。警報機の音、止まる。

由里「皆本くん、かっこいー!ダブルオーセブンみたい!(手を叩いてる)パチパチパチ」
大祐「し、死ぬかと思った……」

NA(皆本大祐)
(息を少しきらしている)はあ、はあ。ぼ、ぼくたちは、き、危機一髪で、江ノ電の踏切を横切り、
げ、下馬(げば)の交差点で左折、JR横須賀線のガードをくぐって、若宮大路(わかみやおおじ)を北上し始めた。
(深呼吸)そ、そして、ようやくカマクラ駅入口の交差点を左折しようとしたとき……。

由里「あ、」
大祐「え?」
由里「ダメ!そのまままっすぐ行って」
大祐「え?もうウインカー出しちゃってる……」
由里「じゃ、戻して!まっすぐ行くから」
大祐「えー?」
由里「早く!」
大祐「わ、わかりましたよー」
(SE)エンジンを吹かす音。ブワー!
大祐「あ、アクセル踏んでないのにー」
由里「しっかりつかまって」
大祐「信号黄色ですよ!」
由里「安全に停止できない場合の黄色は『すっすめー!』よ!」
(SE)ものすごいエンジンのうなり音。ブワオーン!
大祐「うわー!」
由里「いちいち喚かないの!」
大祐「前!前!タクシーにぶつかる!」
(SE)ブレーキ音。急ハンドルを切ってタクシーを交わす。キキキーーッ!
ギュワオーン!みたいな派手な音。
そして左折して狭い路地へ入ってゆく。ブワー!キュキュキュキュ、ブゥウーン。

大祐「うひゃーっ!」
(SE)そして、準備中の小さなスナックの前に急停止。ブワー!キュキュキュキュッ。
ガックン!


由里「……小町通り」
大祐「と、止まった。あー、も一度死ぬかと思った」
由里「……着いたわ」
大祐「つ、着いたって……駅に行くんじゃなかったんですか?」
由里「(きっぱり)変更したの」
大祐「こ、ここは?」
由里「……小町通り」
大祐「へ?」
由里「ね、ちょっと待ってて……買い物、思いだしたんだ」
大祐「買い物って……なに買うんですか?」
由里「いーじゃないなんだって!」
大祐「だめですよー。駐車禁止です!」
由里「あなたが乗ってれば違反キップ切られることはないよ!だから、おとなしく待ってて!」
大祐「移動するように言われるかもしれないじゃないですか?」
由里「(平然と)皆本くん、もう運転できるよ!」
大祐「だから、ぼく無免許なんですってば!教官なのに、そんなこと言って……」
由里「(ぶぜん)皆本くんていちいち細かいよね。じゃ、待っててあげるから、皆本くん行ってきて!」
由里「……だからわたしの負けでいいよ。わたしが待ってる」
大祐「へ?」
由里「……だからわたしの負けでいいよ。わたしが待ってる」
大祐「は?」
(SE)車のドアを開ける音、閉める音。ガチャ、バム!。街の雑踏。ミンミンゼミ。
大祐「(少しふてくされ気味)で、どこに行けばいいんですか?」
(SE)大祐の携帯鳴る。RRRRR!大祐、携帯に出る。ピッ。
大祐「はい?もしもし?」
由里「(電話の声)あ、由里だけど……」
大祐「(少しヤケ)な、なんでぼくの携帯の番号知ってるんですかー?」
由里「(電話の声)教習の申込書に書いてあったよ」
大祐「(力抜けてる)そ、そうでしたっけ……」
由里「そのまま小町通りをまっすぐ進んで」
大祐「(力なく)……あははは。まるでリモコンだ。ま、まっすぐですね」
由里「(電話の声)左にアクセサリや小物売ってるショップがあるでしょ?
その奥がブティックになってるから、店員に、カマクラ自動車教習所の北条に頼まれて服を取りにきたって言えばわかるわ」
大祐「あのー」
由里「(電話の声)なに?」
大祐「代金は……払ってあるんですか?」
由里「(電話の声。甘えるように)あなたがどーしてもプレゼントしたいって言ったら、
わたし断れないー♪」
大祐「へ?」
由里「(電話の声)……あはははー。本気にした?ごめんねーあとでちゃんと払うからさ、
立て替えといて!」
大祐「……ずえったいそうくると思ってた」

NA(皆本大祐)
そうはいってみたものの。
由里「皆本くん?」
買ってきた服を無邪気なくらい嬉しそうにしっかり抱えている由里さんの顔を見ていたら、なんだか
ぼくのほうまで、嬉しくなってきた。
やっぱ、きれいな女性の笑顔はいいもんだ。


由里「皆本くん?」
大祐「(慌てて)は、はいー?まだなにか?」
由里「ううん。なんでもない」
大祐「え?」
由里「あ、ひじから血が出てる……」
大祐「さっき踏切で擦りむいたんだ」
由里「(優しい)……薬ぬってあげるからじっとしてて」

(エンディングBGM)

NA(皆本大祐)
教習所にもどる道すがら。
さっきは気が付かなかったけど、道路のまんなかに巨大な鳥居が立っていた。 鶴岡八幡宮の参道、
段葛(だんかずら)のいりぐちに立っている二の鳥居だ。
その前に大きな狛犬が二匹。八幡宮の番犬よろしく勇ましく鎮座していた。
そして、なぜか彼らがぼくに笑いかけたような気がした。


(第2話終わり)

【カマクラカルトクイズ2】
梶原理恵「さーて、いつものようにカマクラカルトクイズ!ドンドンパフパフー!
鶴岡八幡宮の参道、段葛(だんかずら)の秘密とは次のうちどれでしょうか?」

北条由里「1番。
実は、段葛の下には、鎌倉時代に掘り抜かれた抜け道があって、それが八幡宮の地下から由比ガ浜まで続いているの」
朝比奈響子「ちがうでしょう!2番。
あそこは遠近法の錯覚を利用してるから、二の鳥居から八幡宮方面を見た距離が実際よりずっと長く見えるの。
極めて科学的に作られてるの」
梶原理恵「知らないの?3番。
段葛をまっすぐ山側に延長した方向に十王岩(じゅうおういわ)っていう景勝地があるんだけど、
そこから海へ向かう参道がはっきり見えるように垂直に造られたんだ」


音声ドラマとシナリオは演出の都合上、一部変更されている場合があります。
(C)2000-2001 (K)

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